魚の国 宝の国 SAKANA & JAPAN PROJECT

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ウエカツ流サカナ道一直線

2025年3月21日
Column #099

しみじみ旨いアイナメよお前もか、気づけば消えゆく魚たち 瀬戸内海からも東京湾からも…

瀬戸内海では消え、東京湾からも消えつつあるアイナメ

春は、匂いとともにやってくる。沖から船で戻るとき、鼻先にくる、やわらかく香ばしいような、その風が海から吹く季節の変わり目。水温が乱高下するこの時期、久しく顔を見ておらぬと気づくのがアイナメだ。

産卵前の縄張り争いで互いが口を嚙み合っている様を見て“相嘗(あいな)め”、西日本では、そのだんだら模様の目を称して“あぶら目”、北日本では浅い春の岩にぴったり寄り添って動かぬ様をもって“寝魚”や“根魚”と呼ばれるところなど、浜の人々はよほど親愛の情をもってこの魚を眺めてきたに違いない。とりもなおさずその風味、他にもって代えがたし。滑らかな身質は派手ではないがしみじみ旨(うま)い。

かつて瀬戸内海で仕事をしていた頃、住んでいた神戸の海ではアイナメがよく釣れた。明石海峡で老練の漁師が釣るそれなどは“ポン”と呼ばれ、ビール瓶どころか一升瓶に近いサイズも当たり前であった。片手でつかめないほど太い活きたのを、半身は皮つきで「焼き切り」とし、やわらかくも、はね返す白身と皮のコクを嚙みしめる。もう半身は蛇腹に骨切りして片栗粉をまぶし揚げて、香ばしく口中で溶けゆく心地よさに浸る。カマつきの頭と骨は甘辛に煮つけ、冷えて煮凝(にこご)ったのを翌朝の熱飯にのせてしゃぶりつくなど、その味はまことに深い。

海を望む職場で、出勤前、昼休み、終業後と、時季になれば日に3回は新港第四突堤に座り、竿(さお)先を見つめる風景と化していたほどで、掛かったときのゴクゴクとした抵抗と興奮が腕と脳裏に染みついているのだから、この魚の魅力がどれほどのものか、ご推察いただきたい。

30年前の1月、瀬戸内海東部を激震が襲い、神戸の街が崩壊した。釣り場も壊れ、皆が復興に奔走した。振動に敏感なアイナメは、もういない。その20年後。瀬戸内だけではない。目の前の東京湾からも東日本大震災の影響のみならず変わりゆく海の中で、アイナメは消えつつある。北の方ではまだいるというが、味のほどはどうだろう。

上田 勝彦氏
うえだ・かつひこ

ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。

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