硬い殻に短い毛を生やした毛ガニ
毛ガニは、刺激を受けると脚を縮めてゴロンと転がるその全身に、名の通りくまなくチクチク短い毛を生やしている。タラバ、ズワイ、紅ズワイと、北には旨(うま)いカニが数あるが、いずれも殻肌はツルンとしており、身の詰まった長い脚に視線が注がれるわけだが、対して、こやつの脚はずんぐり短く幅広く、たとえば足長の筆頭ズワイガニが茹(ゆ)でればスポンと身が抜けるのに対し、こいつは硬い殻に切れ目を入れてほじくらないと取り出せない面倒な野郎なのである。
では、「毛ガニの至宝」と世間に言わしめる良さはどこにあるのか。それはひとえに、このゴロッとした体形に秘められた“密度”ではなかろうかと思う。確かに、殻をかじれば唇は痛いし、ハサミは小さくいかばかりの身も入ってやしない。しかし、他のカニの身が滑らかで柔軟なのに対し、このカニの茹で上げたそれは、ギュッと締まって嚙(か)めば甘く、お日さまに干したような特有の香ばしさが鼻を抜けるのである。そして、全ての脚を食い尽くしたあとの胴から甲羅を外すと、それはそれはたっぷり濃厚なカニミソと、硬い殻に包まれた脚のつけ根のみっちり詰まった身があらわとなり、われわれは深く感嘆することとなる。
これを割りつつ、嚙みつつ、ミソをすする陶酔は、他のカニの追随を許さない。つまりゴリラのような筋肉質と豊かなミソ。これが唯一無二の魅力と言ってよかろう。だからこそヒトは大枚をはたき、チクチクを乗り越えてこのカニに挑む。
それにしても不思議なカニだ。通常は一定期間の旬がありそうなものだが、北海道の北から南、順繰り一年中どこかで旨い毛ガニが獲(と)れている。贅沢(ぜいたく)するなら一人一杯、生きたやつの脚や胸をぶった切り、殻ごと全てを昆布と豆腐、斜め切りにした長ネギとともに味噌(みそ)で煮る。殻のダシやカニミソが混然となり、カニ身と豆腐とネギが染まる。これを吸いつつ遠い目をする暮らし。やろうと思えば一年中できるわけだが、さてどうだろう。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。