昔は蒲鉾に欠かせなかったイシモチ
わたくし思うに、どうにも世間は、この魚に対して冷たい。突っ込んで聞いてみると、どうやら皆さん、イシモチでいい思いをしたことがないという事実がわかってきた。特に東京など産地から遠い街ほどその傾向が強い。そこでこの度、わたくしは、この魚の弁護人として登壇いたしあらぬ汚名を拭おうと思う。
イシモチは、本名を〝シログチ〟といい、頭の中にある一対の石状の骨が大きいのでイシモチの名がある。九州西部と中国、韓国に囲まれた東シナ海には、シログチを含む〝グチ類〟と呼ばれる仲間が20種類以上おり、かつては大量に獲れ、戦後日本のタンパク源として大いに貢献したものだ。北のスケソウダラと並び、この魚を口にしていないご年配は、いないといってよかろう。
蒲鉾(かまぼこ)にグチを加えるだけで、赤ん坊のほっぺのような柔軟な弾力が出る。というように、当時ほとんどが鮮魚ではなく「すり身」原料として利用されていた。中深海の砂泥底に棲むゆえ、大きな底引き網でまとめて獲るため、身がつぶれ、店頭に並んだとてくたびれている。このイメージが今に、禍根を残しているのだろう。
時代は変わり、資源は減って大量にとはいかないが、どっこいイシモチは獲れているし、何といっても釣り人全盛期の今、ツテあれば一本釣りのイシモチが手に入る。血に生臭みがあるため、活きているうちにこれを抜き、しっかり冷やす。そうして特別な、もとい、本来の、味と姿が現れるわけだ。イシモチは生・焼・煮・蒸・揚の調理の五法全てにピタリと寄り添う万能魚だ。塩との相性も良く、丸ごと塩締めしてもいいし、切って締めてもよい。皮は薄く甘い脂を乗せており、イシモチだけでフルコースにしても違和感なく感動を呼ぶ。
ところが。それを味わってもなお、銀座あたりでは、「いや~ウチのお客さんにイシモチは出せません」と言う。とかく魚の真価は、錆びついた頭とソロバンの忖度(そんたく)を置いたところに見えてくるものですね。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。