ケンサキイカ
イカ界も広うございまして、その種類は多く、その呼び名もさまざま。特にケンサキはややこしい。九州の北部では親戚のヤリイカを差し置いてヤリイカと呼ばれ、関東方面ではアカイカ、中型のものはダルマイカもしくはマルイカ、小型はメトイカ。島根、鳥取の山陰地方ではシロイカが通り名であるが、特大のものは大剣(だいけん)と呼んで区別する。結局何がアカでシロなんだか、よくわからない。
研究者によるとこのイカは、大型で先の鋭ったゴトウ、中型で先の丸いシロ、小型のメヒカリの3つの型に分かれており、呼び名は色と形の特徴ごとにいろいろあれど、DNAは皆同じという、更なる迷宮に突入するので、もうやめよう。
佐賀・呼子(よぶこ)の活け造りで有名なイカはこれであって、透き通った体を皿上でくねらせながら食われてしまう。大きく短冊に切られた身は刺し身で、腕すなわちゲソは後で天ぷらになる即興であるが、このときの色は半透明だ。ここから半日、地元の市場に並ぶころには、その体表は白くなり、そして都会に届く翌日には、なんと赤くなっているではないか。なるほど、これがアカ・シロの謎だ。
身の甘さは親戚のアオリイカと並び、イカ界随一であろう。乾物であるいわゆる“するめ”は、多くはスルメイカを褐色になるまで干したものであるが、ケンサキを干したものは白く柔らかく、噛(か)めばなおさら甘味が強い「一番するめ」と呼ばれる高級品だ。いささか甘過ぎるのではないかと言う人もいるが、料理の和洋中、調理法を問わず、柔らかく甘く唯一無二の味わいであることには違いない。
漁期の夏になると日本海では、夜の船上で灯(あか)りをたいてイカを寄せ釣り上げる「イカ船」がひしめいており、暗い水平線に街の夜景の如く輝き、海と空を静かに照らす。盆の頃になると、山陰地方ではシロイカが釣れ始め、今年もご先祖様とともに賞味する1年の節目、ゆく夏を惜しむ季節到来というわけなのだ。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。