
干潟の穴から引っこ抜いて採ったマテガイ
日に日に日差しが強くなり、目に青葉の春から初夏の大潮は、夜に引く冬から昼間に変わり、普段は海中にあり見ることのない広大な砂泥の浜をさらしている。東京湾の中ほどの神奈川県側にあるわが家の近所の干潟は、昔からどういうわけか大量のアサリが育つ豊饒(ほうじょう)の場でありながら、漁業権が設定されていないため、噂を聞きつけた関東一円の家族連れが連休ともなればわんさと押し寄せ活況を呈してきた。
しかし、ここ数年の急激な海の変化によるアサリの斃死(へいし)や海底の質の変化もあって、アサリ亡きあとに大繁殖したのがマテガイである。結局、賑(にぎ)わいは相変わらない。わからんでもない。マテガイ採りは、他にない面白みがあるからして。竹トンボの羽を貼り合わせたような細い筒状の二枚貝であるこの貝は、その体形を利して干潟に垂直に穴を掘って潜伏し、潮が満ちると、〝水管〟を砂上にのぞかせ餌を吸い込み暮らしている。そして潮が引いてしまうと、穴奥に深く引っ込み次の満ち潮を待つのだが、そこにやってくるのがニンゲンだ。
スコップで砂の上面を削り取って、穴があいていれば、それがマテガイの棲家(すみか)である。ここに塩を振りかけると、ビックリするのか満ち潮が来たと思うのか、自らの殻が半分も見えるほど、ひょいと穴から飛び出てくるのである。眺めていると、穴の中の水が1回2回とあふれだし、見守るうちに貝の姿がビュッと出る。そこをすかさずつまみとらえると、貝は必死に穴に戻ろうと抵抗する。我慢してつかんでいると、あきらめてスポンと抜けて一件落着、ニンゲンのバケツの中に横たわる。この一連のかけ引きが、笑ってしまうほど楽しいわけだ。
この場所が、かつてアサリ優勢の時代には、マッチ棒ほどの小さいものしか見なかったのだが、今や大きなものでは20センチ、中指の太さほどもある。海水で砂吐きさせたら炭火の網上で転がし焼き食うのも良し。ダシが強いので吸い物も良い。潮が引いたら干潟散歩に塩持ち出かけ、数本抜いては賞味いたす。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。