魚の国 宝の国 SAKANA & JAPAN PROJECT

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ウエカツ流サカナ道一直線

2017年6月30日
Column #004

深きことに感嘆、アナゴ味

「プライドフィッシュ」に選定されている神奈川県の「小柴のアナゴ」 (全国漁業協同組合連合会提供)

けだるい梅雨の湿気を振り払うべく、滋養のある濃厚な魚味が欲しくなるこの頃。そうだ、アナゴがあるじゃないか。

鮨(すし)屋のカウンターに座れば誰でもひとつは食いたいと願う、ふんわり炊かれたそれはマアナゴ。青森から鹿児島までの海で“穴子”の名のとおり、昼は穴や泥中に潜み、夜になると徘徊(はいかい)して餌を食い、最大1メートルにも育つ。主な産地は三陸、東京湾、瀬戸内海の各所にある。にょろりと長い体の両側には白い点線模様が1本ずつ通っているので〝はかりめ〟とも呼ぶ。棲(す)んでいる海底が砂泥だと体色は黄土色で骨は柔らかいが、岩場に棲めば、こげ茶色になり筋肉質で骨が硬くなるので、用途によって使い分ければよろしい。

アナゴといえば、煮アナゴないし天ぷらというのが庶民であるが、とどまらずその料理は広い。死んでしまうと青臭い“アナゴ臭”が出るので鮮度が命。包丁で一撃、さっさと開いてしまうのが吉。皮の粘液がしつこいので金タワシでよく擦り、もみ洗っても味は落ちない。

そこでまず。皮をひいて薄造りにした刺し身をワサビ醬油(じょうゆ)で嚙(か)んでみなされ。歯応えはフグなれど、甘い脂と強い肉の旨味が湧き続けることに驚くだろう。また小ぶりなのを選んでこんがり素焼きにし、パリパリの新海苔(のり)で巻いてワサビ醬油をチョンとつけてほおばれば瀬戸内明石流。太いやつは骨切りを施しブツ切りにし、炭火でサッと焼いて七味を落としたレモン醬油で食うのがおもしろい。

完全に熱を通せばしっとりと口中で溶け、生に近いほど嚙めば迫力ある味わい。このちょっとした加減で見せる顔の違いが、アナゴを味わう醍醐味(だいごみ)だ。

こう宣言したところで、ブツ切りした身を塩コショウ味で、長ネギとともに炒めると、これはまことに夏のビールに合う。同様にゴマ油と豆板醬(トウバンジャン)を用いて中華風味に仕立ててもいい。いずれもサッと炒めることが肝要で、つまり火加減次第で魚にも肉にもなる。ニンニクと唐辛子(とうがらし)でオリーブ油を利かせたトマト煮込みなど、これもよろしいわけで、アナゴ味の深きこと、知るほどに感嘆することとなる。

梅雨が過ぎて生簀(いけす)のアナゴを触る時、白い腹が脂で黄みがかってくると、思わずニヤリとせずにはいられない。脳裏に走るは晩酌・晩餐(ばんさん)の光景。食って旨(うま)いは触っても見ても旨いのだ。

上田 勝彦氏
うえだ・かつひこ

ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。

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