
能登・輪島で釣り上げたアラ
魚で「アラ」と聞けば、西日本では巨大な魚を連想するが、その本名は「クエ」といい、料亭のコースになる高級魚だ。今回の「アラ」はこれではない。クエがハタ類の風貌で、比較的浅い海の大型魚であるのに対し、こちらは200メートル前後の深い海の岩礁に棲(す)み、1メートル超え10キロにも育つ。その姿はスズキに似るが、太く、黒みを帯びたオリーブ色の体表にキツネ顔。エラ蓋と背びれには強靱(きょうじん)な棘(とげ)があり、不用意に触れば、大変危ない。漢字で「魚」偏に「荒」と書く文字そのままに、荒々しい深海の怪物なのである。なのでクエと区別して「本アラ」と呼ぶこともある。
暴食なくせに成長が極めて遅く、60センチになるまで10年を要す。つまり釣り切ってしまえば後がないわけで、クエどころではない希少で貴重な魚なのだ。金を出せばクエは食えるが、アラは食えるとは限らない。さて、そのアラが普通に釣れますよと耳打ちしたのは、わが悪友にして重要無形民俗文化財となっている「輪島の海女」の現役である早瀬千春であった。とんでもないことを聞いてしまったと能登半島の輪島に飛び、3人で20本ほど釣り上げ、愕然(がくぜん)とした。ここは日本最後のアラの聖地かもしれない。
能登の震災から2年半、豪雨から1年9カ月。釣り終えて港に向かえば山肌の崩壊や工事によって水は濁り、200隻も残る漁船の水揚げはままならず、家屋解体後の更地と新築の落差が目立つ。仮設住宅は時限付き。自宅再建の自己負担は大きい。財ある者しか残るなというのであろうか。政治もメディアもこの地を風化させてしまった今、誰かがこの地を見つめ続け、知らせ続けなければならない。
アラについて一言申し上げる。甘いとかうま味が強いといったことではなく、魚としての多様な要素のいいところを寄せ集めたような総合点の高い魚である。心静かに味わえば、余韻に忘れがたい存在が残る。突出したところはないが、ジワリと豊かな味わいが深い。能登もアラも、全身全霊の愛をもって、大切に支え、賞味いたすべきニッポンの土地と魚なのである。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。