魚の国 宝の国 SAKANA & JAPAN PROJECT

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ウエカツ流サカナ道一直線

2026年2月20日
Column #110

地域を代表する名産品へと成長した巨大魚、アブラボウズ「押し付けるのは人の世限りに」

何やら得体が知れない恐ろしげな名の「アブラボウズ」

とかく人の世はややこしく、良かれと思ってやったとて、押し付けられたと去る者もいる。実は魚の世界にも“おしつけ”と呼ばれる奴(やつ)がいる。どんな魚がいったいどこに押し付けられるのか、気になってしようがないが、知ってしまえばなんのことはない。市場に揚がっても始末に困るから、この魚もついでに持ってってくれと押し付けられる存在だというのだから不憫(ふびん)ではないか。真偽のほどやいかに、その魚とは、本名を「アブラボウズ」という。

何やら得体(えたい)が知れない恐ろしげな魚であることは実物を見れば皆さん、「なるほど」と驚嘆する。灰黒色にぬめり光る巨大な体は大きなもので2メートル、100キロを超え、1000メートルにも至る大深海から釣り上げられて市場の床に怪異を晒(さら)す。産地の静岡・沼津、神奈川・小田原、千葉・銚子などで昔から押し付けられてきたわけだが、このところ、この魚の人気が高まっているのだ。

純白の身をひと切れかんでみると刹那、「味がしない?」と思いきや、かみ進むうちに優しいうま味とともに透明感のある脂の味がじわり延々とにじみ出てくる。そう、この魚名のアブラとは“脂”なのであった。つまり体に脂を蓄えた巨魚というわけなのだ。

往々にして深海魚はわれわれが消化できないワックス成分を含んでいることがあるので流通禁止とされているものもいくつかあるが、この魚のワックス分は日常で嗜(たしな)む分には差し支えない量なので堂々と売られている。ましてや昨今、庶民の脂嗜好(しこう)を反映してか、市場では人気が出てきており、沼津や銚子では地域の名産にまでのし上がっているというのだから、時の流れはありがたい。浜の値段も中高級魚並みだから、もはや“おしつけ”などと呼ばれる筋合いではない。冬もたけなわ。味噌(みそ)や酒粕(さけかす)で漬けた皮はもっちり甘く、焼いても失われない弾力と湧き出る脂に酔いながら、「こんなうめえもん誰にも押し付けたくねえや」とつぶやくのである。

上田 勝彦氏
うえだ・かつひこ

ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。

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