武骨な磯の味わいを持つイシダイ
盛夏に思い出す魚はいろいろあるが、うっかり忘れていたのはイシダイのこと。平たい体にぶ厚い筋肉を蓄え、荒い磯の洞窟を縄張りに、強い顎(あご)と硬い嘴(くちばし)で貝やウニやカニ類を嚙(か)み砕き食う。殻だろうが棘(とげ)だろうが、この魚の前では何の防御にもならぬ。なるほど裸潜りの浜の子らから“ちんぼかみ”とからかい呼ばれるのは、稚魚の頃から何でも嚙みつつく好奇心旺盛な習性あってのことなのだろう。
昭和の釣りの歴史の中で“石物(いしもの)”と呼ばれ、強いリールに太い糸、ワイヤの針糸に最強の剛竿(ごうかん)で臨み、餌にはサザエやウニを惜しげもなく何キロも費やし、波濤(はとう)砕ける黎明(れいめい)の磯に座して竿(さお)先を見つめる姿は、ある種の尊厳に満ちた孤高の釣り人であった。時とともに道具は進化し、案外手軽に釣れる魚となったものの、その確固たる存在に変わりはない。
生まれた稚魚は潮目に集まる流れ藻の中で育ち、若魚になると沿岸の磯に向かい、棲家(すみか)を求めて地伝いに群れで移動し定置網に入る。これを“渡り”と呼び、安住の地を見つけて定着し大きくなるものは“地付き”という。この漁師のみぞ知る移動と分散による生き残りのメカニズムを解明し世に知らしめたのは東京水産大(現・東京海洋大)の恩師、水口憲哉氏であった。
夏場のイシダイは磯臭いと言う人もいるが、否。磯の香(か)と言うべきであろう。濃厚なれど冬とは異なる薄めの脂をのせた風味を損なわないよう、皮つきで炙(あぶ)って厚切りにし、まだ温かいうちにポン酢かワサビ醬油(しょうゆ)で嚙めば、夏の海を連想させる醍醐味(だいごみ)となる。炭火をおこした網の上での塩焼きも然(しか)り。骨に到達するほどに格子の切れ目を入れ、多めに塩を叩(たた)きつけて焼き上げると、白身がはぜて、焼けた皮とともに口の中でザクザクと抵抗するのがよい。手のひらくらいのは煮付けにすれば、幼い身がしっとりと舌に絡み、磯の匂いあってこそのコクを生むので箸が止まらぬ。クラクラの暑気は夏のイシダイに払っていただこう。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。